聴神経腫瘍

市大関連施設からの要請に応じて出張手術をしています。

今回は、70代の右聴神経腫瘍です。聴神経腫瘍は、良性脳腫瘍の一つで、片方の耳が聞こえないことで発症することが多いです。突発性難聴と診断されて、実は腫瘍でしたというパターンもあります。大きくなると、顔の動きが悪くなる、飲み込みや手足の症状が出現してきます。本症例(写真)は、増大スピードが速く、側頭骨の破壊も目立ちます。術中迅速病理もやや異型性が目立つとのことで、錐体骨部は定位放射線治療併用とし、亜全摘で顔面神経温存しました。

聴神経腫瘍は、前庭神経鞘腫というのが正式名称で、一部顔面神経由来のものがあります。最初は耳鼻科に受診されることが多く、経過が一般的でないと判断されると脳神経外科へ相談がくることが多いです。良性腫瘍ではありますが、大きくなると手術難易度があがりますので、小さいうちに対処することが予後良好につながります。近年は、定位放射線治療が進歩しているので、切らずに治るケースも増えております。

運動時の頭痛

運動の最中、特にウェイトトレーニングの最中に急に頭痛がした。しばらくして収まったが、その後同じ運動のたびに同じような頭痛になる。最近は運動時以外にもなることがある。

といった主訴で来院される方もいらっしゃいます。だいたい20-50才くらいで、男性に多いです。これは国際分類でいう運動時頭痛というくくりにはいるものです。上記のような典型的なものは、伺うだけでRCVS(可逆性脳血管攣縮症候群)だなと思いますが、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血やRCVSの怖い状態でないかMRI+MRAが必要になります。間中信也先生の経験を伺ったところ、「RCVSのミニ版だよね」とのことでした。予防薬や痛みどめで改善がみられ、多くは1か月程度で自然に消退します。こどもの場合は、カロナールを運動前に内服します。運動時の水分補給に気を付け、頭痛時は冷却すると緩和されることが多いです。

後部筋群の筋筋膜損傷や、片頭痛、静脈圧亢進(いきみ)で増悪する二次性頭痛などが鑑別にあがります。初めて経験される場合は、頭痛専門医を受診したほうがよいと思います。

見逃してはならない怖い頭痛:RCVSと椎骨動脈解離

動けないほどひどい頭痛や、意識障害・麻痺などがある頭痛は、明らかに脳に何か起こったと判断することは容易です。しかし、一次性頭痛と判別困難な程度の軽めの頭痛で、MRIで分かる二次性頭痛がいくつかあります。

当院でしばしば診断されるものの中に、可逆性脳血管攣縮症候群RCVS(写真左)と、椎骨動脈解離性動脈瘤(写真右)があります。これらは、症状が比較的軽微であったり、神経症状がでないので、診断が遅れることがありますが、一定の確率で本格的な脳卒中を合併します。

(写真左)可逆性脳血管攣縮症候群RCVSの代表的MRI画像です。トイレ・運動・精神的な興奮・シャワー・入浴・いきみ動作などでスイッチが入る雷鳴頭痛を繰り返します。雷鳴頭痛とは、1分以内に極大になる重度の痛みです。片頭痛も重度になりますが、自覚して1分以内で極大にはならないので、判別可能です。雷鳴頭痛で注意すべき鑑別診断は、動脈瘤破裂によるくも膜下出血です。一方、RCVSは発症初回では脳MRIは正常ですが、2週間ほどすると写真のように脳血管に攣縮がみられるようになります。場合によっては、出血や梗塞を併発しています。写真の症例は重度の攣縮があるため、入院しました。

(写真右)椎骨動脈解離性動脈瘤の代表的MRI画像です。右後頭部の痛みがあり、軽かったため様子をみていたようですが、改善しないため来院されました。痛みと同側である右椎骨動脈に血管のふくらみと狭窄があります。痛みは比較的鎮痛剤で改善しますので、「緊張型頭痛ですね」で自然に治っている場合もあります。しかし、頸を大きく動かしたり、血圧が高いと解離が進行し、くも膜下出血や延髄梗塞を併発します。頸コリが治らないから整体で首回すというパターンには注意が必要です。

これらは、比較的見逃されがちな怖い頭痛の例です。

横浜市大 神経薬理学教室

学位研究でお世話になった横浜市立大学医学部 神経薬理学教授 五嶋義郎先生と久しぶりに科学談義・情報交換しました。五嶋教授は、2008年より10年にわたり、横浜市立大学理事として、副学長や研究科長など大学運営に尽力されています。2020年には、日本薬理学会総会の会長をパシフィコ横浜で務められるとのことで、全国区でもその采配を求められています。統括する薬理学教室には、脳神経系の博士課程の医師だけでなく、医学部以外の基礎研究者も修練を求めて多く集まってきます。薬理学教室では、Lドーパやセマフォリンを中心とした神経構築・再生の基礎研究 Basic researchや、パーキンソン病や認知症・精神疾患への臨床応用研究 Translational  researchなど、幅広く行われています。

「最近どうだ。久しぶりに飲もう」とありがたくもお声かけいただきました。今注目している蛋白や受容体などの神経細胞科学から、大学学生教育に関する方向性などにわたりお話を拝聴させていただき、意見交換しました。科学は、大自然が形成したシステムを解明して生活に活かす学問であると思います。クリニック診療にも科学的視点は不可欠です。前の脳神経外科教授 川原信隆先生も、「医療も研究とおなじだよ。リサーチマインドがあるのとないのとでは雲泥の差だ」と語っていたのを思い出します。多くの素晴らしい先輩・仲間に生かされて今があると感じます。引き続きサイエンスをご教授賜るとともに、一緒に活動していきたいと思います。

保土ヶ谷区の脳血管内治療

保土ヶ谷区医師会地域連携講演会がありました。今年の第一回・第二回では、保土ヶ谷区にある2つの総合病院、横浜市民病院と聖隷横浜病院から、それぞれの脳卒中診療における脳血管内治療について講演があり、座長を務めさせていただきました。

2月には、聖隷横浜病院脳血管センター長 鈴木先生から、心原性脳塞栓に対する緊急血栓回収に関してお話を伺いました。6月には、横浜市民病院脳血管内治療科 増尾先生より、脳動脈瘤に対するコイル塞栓術・ステントについてお話をいただきました。

両施設ともに、2人の血管内治療専門医(カテーテル治療専門医)を配しており、横浜市中心部の脳卒中QQを担っています。現在、脳卒中の治療は、80%はカテーテルで完結できるようになっており、開頭術よりも低侵襲な同治療に対する需要はますます高まっています。近隣の区にも施設はありますが、24時間体制で2人以上の脳血管内治療専門医がいる施設は限られており、保土ヶ谷区のみならず横浜市の広い範囲で両施設への期待は高いと思います。

当院では、頭痛・めまい・脳ドックで多くのMRIを日々施行しており、一定の確率で脳外科的治療の必要な疾患が見つかりますので、両施設のさらなる発展拡充に期待します。

頭痛/不眠と産業医

先週末、都内で産業医の勉強会がありました。日々クリニックの診療時間外に、産業医のお仕事もさせていただいております。産業医は、様々な事業に携わる労働者の健康管理を行います。頭痛・不眠・精神疾患・生活習慣病の予防・治療において、ストレス管理はとても重要です。

当院には、頭痛やめまいなどを主訴に来院される方々が多くいらっしゃいます。原因として、日々の生活スタイルの中にエラーがあることが多く、環境調整や生活指導をしなければなかなか改善しないケースがあります。生活の中でも、仕事環境はとても影響力が大きく、クリニックでも職場へ診断書や指示を出すこともしばしばあります。

過重労働や慢性的な人間関係ストレス、過剰ノルマやプレッシャーなどは、頭痛・めまい・不眠・注意障害(仕事でのケアレスミス)さらには、体の痛み・疲れがとれない、究極的には「もうだめだ」という破局思考の原因となります。月1回だった片頭痛が毎日のように起こる、朝起きるとすでに頭痛がひどく動けないなどの頭痛増悪時、普段経験しないようなめまい・ふらつきがあるなど。もちろん脳卒中などは落とせない原因です。ただよく伺うと、「実は寝つきが悪い」「夜中に何度も目が覚める」という睡眠障害を抱えていることがしばしばあります。頭痛・めまい・集中困難・だるさなどの不定愁訴は、睡眠がしっかり取れれば改善が期待できます。つまり、日中の枝葉の症状は、「まずしっかりした睡眠の確保」をクリアしたうえで対応することが合理的です。睡眠負債という言葉がありますが、毎日の疲労はその日のうちに解消できる生活スタイルを確保することが、長く安定した仕事をするうえで大切です。

若年性アルツハイマー病

アルツハイマー型認知症は、老年期に多くみられる病態ですが、65歳未満に発症する若年性アルツハイマー病JADがあります。JADは遺伝性が強く、老年期よりも進行が速いことが特徴です。JADの苦悩を描いた2014年の映画に、『アリスのままで』(Still Alice)があります。主演のジュリアン・ムーアは第87回アカデミー賞で主演女優賞を受賞しました。50才の仕事バリバリの時期に、単語がでなくなる→スケジュール管理ができなくなる→よく知る場所で迷うなどが徐々に現れてきます。時間と空間の軸が失われるため、それをベースに自我を保っている人間にとっては致命的です。やがて、着替えトイレ・入浴ができなくなる→会話ができなくなる→手足が動かなくなる、、と次々と進みます。

Alois Alzheimerが、急速に進行する嫉妬妄想と記憶障害の51歳女性を約100年前に初めて報告しました。今までのところ明らかとなっている家族性のアルツハイマーの原因遺伝子として、APP、PSEN1、PSEN2があります。これらは常染色体優性遺伝(子は50%の確率で引き継ぐ)であることも脅威であり、家系内で多発します。いずれもアミロイドという蛋白質が過剰につくられるような仕組みになってしまいます。当院でもJADの診断例があります。新オレンジプランを鑑み、大学などの認知症疾患医療センターと連携しながらフォローしています。

家族歴が明らかでない場合、一般的に40-65歳のもの忘れや段取りミスなどは、脳卒中・てんかん・うつ病・単なる疲れ・気にしすぎ(心気的)・薬の副作用、が多いです。しかし、JADの可能性は常に念頭に置く必要があります。

認知症のお薬あれこれ

先週末、認知症の勉強会が東京でありました。認知症根本治療薬開発のお話が興味深かったです。現在使われているお薬は、対症療法薬(アリセプトやメマリーなど)のみで、アルツハイマー病理を消滅させる根本治療薬は開発されておりません。団塊の世代が後期高齢者となる2025年までの間に「なんとか!」と日本の基礎研究者は頑張っているようです。しかし世界的には、大手製薬メーカーがその開発から手を引くなど、見通しは明るくありません。

そもそも、アミロイド蓄積→タウ蛋白凝集のメカニズムが明らかになっていません。また、PETでアミロイドが脳に溜まっていても、アルツハイマーを発症しているとは限りません。有効かつ安全な根本治療薬の開発は、これらのメカニズムの解明と併せて進展するのかもしれません。

現状は、患者さんの訴えや家族から聴取される変化をよく吟味し、神経学的所見や各種心理スケールを組み合わせるといった、丁寧な診察が正確な評価の近道といえます。てんかんや、うつ病、そのほかひそかに合併している病態や、悪さしているお薬を飲んでいないかを、常に疑いながら診療することが大切であると思います。そうすれば、現在使える各種治療薬でも、うまく調整してよい状況へ向かうことができます。また、薬はあくまでも治療の一部であり、環境調整・介護保険サービス・運動習慣・介護者教育などと併せて行わなければなりません。認知症=ADL(日常生活動作)障害ですので、ADLの維持自体が治療でもあり目標でもあります。

東大脳外グループと連携会

東京大学脳神経外科、同世代仲良しグループの情報交換会がありました。当院の患者さんでも、難易度の高い手術症例や、東京方面の患者さんをご紹介させていただいております。私以外、皆さん東大理Ⅲ卒で、東大脳外グループの要職につかれているスーパーマン達です。私の勤務医時代の専門分野と同じで、脳卒中や良性脳腫瘍の顕微鏡手術を専門としており、学会などでは話せないざっくばらんな情報交換をいつもしています。

中央の大宅宗一先生は、埼玉医大総合医療センター(川越)准教授で、頭蓋咽頭腫や頭蓋底腫瘍の専門家です。オハイオ州クリーブランドクリニックの脳神経外科臨床フェローという偉業の後、現職に就かれています。

右下の原貴行先生は、虎の門病院脳神経外科部長で、モヤモヤ病など血管外科の専門家です。子供のモヤモヤ病は手術や術後管理が大変難しいのでいつもご紹介させていただいております。福島孝徳先生のフロリダ解剖実習以来の仲良しです。

左後ろの木村俊運先生は、広尾の赤十字社医療センター脳神経外科副部長で、三叉神経痛・顔面けいれん・舌咽神経痛に対するジャネッタ手術を専門としています。学生時代、横浜市大と東大のスキー部は合同合宿などしており、それからの長い付き合いです。専門医試験を控えている丹羽先生と一緒に来ていただきました。

「髄膜腫の起源は、くも膜か硬膜か?」「くも膜でしょ」「でも術中くも膜から剥がれて硬膜についてる・・」などの普段気にも留めないような一歩深い話などもでました。とにかく発言が前向きで明るく、難事にも積極的に取り組む姿勢をいつも感じます。こうでなければ、高難度・高プレッシャーの中での高いパフォーマンスはできないのかもしれません。

横浜市立市民病院 脳卒中チーム

横浜市立市民病院神経内科の山口滋紀先生(写真右前)主催の第5回神経疾患セミナーがありました。天王町いきいき杉山クリニック院長の杉山先生と、ディスカッションコメンテーターとして参会しました。

今回は、増尾修先生(写真左前)が1月より市民病院で立ち上げられた血管内治療に関するご講演がありました。増尾先生は脳神経外科・卒中関連学会でも講演やハンズオンなど担当される一人者です。昨今、脳卒中外科はメスによる手術から、カテーテル治療が主体となりつつあります。巨大動脈瘤や内頚動脈背側動脈瘤などの、従来は高還流バイパスという大がかりな手術をしなければ治らなかった病気が、flow diverter (パイプライン)などの登場により、カテーテル治療で改善が期待できるようになり、患者さんには大きな福音です。このflow diverterを扱える施設(医師)は全国でも限られており、増尾先生はそのおひとりです。気さくで温厚なお人柄で、市民病院脳卒中チームのさらなる飛躍が期待されます。

山口先生は、以前2年ほど国立病院横浜医療センターで一緒に働いたことがある大先輩です。山口先生率いる神経内科グループは巨大で、当院の診療でも大きな助けとなっています。また一緒に仕事ができてうれしく思います。先生方と連携しながら、引き続き良質な地域医療を目指したいと思います。